澪標の会提供 日露戦争アーカイブズ

100年前の「今月」

1905年6月

前月,歴史的な「日本海海戦」による日本海軍の圧倒的勝利で日露戦争は大きな山場を超えた。海戦3日後の31日,米ルーズベルト大統領に講和の斡旋を依頼するよう小村外相から駐米高平公使に訓電が発せられたことは前回に述べたとおりであるが,今月1日,高平公使はルーズベルト大統領に対して内密裏に日露講和の斡旋を要請した。

ルーズベルトはこれを受けて9日に日露の講和を提議,翌日に日本はルーズベルトの提議を受諾し,さらに12日にはロシアもこれを受諾したが,その翌日になってロシアはパリを講和のための談判地とすることを申し出ている。

米大統領は26日に講和談判会議を8月にワシントンで開催することを通告し,ロシアはこれを承諾した。日本も8月初旬にワシントンで講和会議を開催することを承諾。ルーズベルトが講和全権委員用として米海軍省のヨット「メイフラワー号」を用意することを発表したのが29日である。

こうして,着々と講和に向けた準備がなされていく。

この講和の交渉を有利に進めるために,児玉満州軍総参謀長は大本営に樺太の占領案を提出し,17日には天皇が樺太攻略作戦を裁可した。そして早くも翌18日には新設の第十三師団に対して,大本営は樺太占領の命令を出している。こうして樺太攻略は7月末のロシア軍降伏まで陸海軍の緊密な連携によって進められることになった。


日本海海戦の「その後」について,少し振り返っておくことにしたい。

海戦初期に重傷を負ったバルチック艦隊司令長官のロジェストウィンスキー中将は,駆逐艦「ベドーウィ」にいるところを艦船ごと捕獲され,捕虜として前月30日に佐世保の海軍病院に入院したが,山本海軍大臣は3日,入院先に花束を添えた慰問状を贈っている。同日,東郷連合艦隊司令長官も自らロジェストウィンスキー中将を見舞った。

一方,ロシアの敗残艦「アウローラ」,「オレーグ」「ゼムチューク」を率いたエンクイスト少将は3日にマニラ港に入港したが,8日には米軍によって武装解除され,上海に逃げたロシア艦艇も7日に武装解除となった。

負傷したロジェストウィンスキー中将に代わって指揮を委任されたネボガトフ少将は,「ニコライ一世」から各艦長を説得し,無益な戦闘によって多くの命が失われるのを避けるため日本軍に降伏したのであるが,この経緯を正確に本国に打電したネボガトフは,ニコライ二世の逆鱗に触れて帰国を許可されなかった。翌年に帰国後,軍法会議で一旦は銃殺刑の判決を受け,後に減刑された。しかし自らも降伏に動いたロジェストウィンスキーは無罪となっている。

なお5日,この海戦で捕獲された戦艦アリョールは「石見」に,同ニコライ一世は「壱岐」に,海防戦艦アプラクシンは「沖島」に,同セニヤーウインは「見島」に,駆逐艦ベドーウィは「皐月」に,それぞれ改名され連合艦隊の艦籍に編入された。


この月の,他の主なできごとをかいつまんで列記する。まず,国内のできごとから。

1日,塩専売法が施行。2日,芸予地震が発生,マグニチュード7.6。20日,大阪堀江遊郭の山海楼で「堀江六人切り事件」起きる。29日,真砂座で尾崎紅葉の『金色夜叉』を上演。30日,水路告示により「間宮海峡」の名が正式になる。

一方,海外に目を転ずれば,6日,ベルリンで独皇太子の結婚,これには日本から有栖川宮が列席。7日,ノルウェーがスウェーデンからの分離独立を宣言。27日,ロシア黒海艦隊の戦艦「ポチョムキン」でスープに腐った肉が入っていたことをきっかけに水兵が反乱を起こす。ポチョムキンはゼネストが行われていたオデッサに入港,翌日,数千人の死傷者を出すことになる有名な「オデッサの階段の虐殺」が起き,7月8日には反乱も鎮圧されてしまう。この事件は1917年のロシア革命のプレリュードとも言え,1925年にセルゲイ・エイゼンシュタイン監督の「戦艦ポチョムキン」で遍く知られるようになった。

30日には,アインシュタインが特殊相対性理論の論文を完成させた。アインシュタインは1905年に三つの重要な論文を発表,いま,日本でもさまざまな「アインシュタイン奇跡の年から100年」といった行事が行われて話題を提供していることは承知の通りである。

先月のこのページで, DVDによる「日露戦争アーカイブズ【シリーズ「雲」】」の第1回配本も5月中の刊行が実現できる見込みとなりました,とのアナウンスをさせていただきました。

たしかに先月には一応の実装を終え,さまざまな角度からの内部評価をしてきておりました。しかしその過程でいくつかの問題,とくに検索面の向上が利用上の観点から必須であるとの結論に達し,現在,その改良に心血を注いでいる状況です。何分にも資料数や項目数が非常に多く,改良には多くの時間を要しているのが実状です。

とくに,すでにご予約をいただいている方々にはたいへん申し訳ありませんが,もう少々お待ちいただきたく,ここに衷心よりお願い申し上げる次第です。

進捗状況につきましては,このサイト上で逐次ご報告申し上げますので,ご理解とご協力をお願い申し上げます。

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