澪標(みおつくし)とは、行き交う船が安全に航行できるように、深い水脈の位置を示すために立てた杭のことで、「水脈(みお)の串」の意と言われています。この音が「身を尽くし」と同じため、掛詞として古くから歌に詠まれてきました。
万葉集40巻の3429に、
遠江(とおつおうみ)引佐(いなさ)細江のみをつくし吾をたのめてあさましものを
という歌がみえますが、何と言っても百人一首に詠われた、
わびぬれば今はた同じ難波なる身をつくしてもあはむとぞ思ふ
という、元良親王の歌が有名です。
この歌は『源氏物語』第十四帖の「澪標」の中でも、浪速を通っていた源氏が、この歌を口ずさむというところが出てきます。
こうした意味を頭に描きながら、もう一度「澪標」という言葉を眺めてみますと、そこには、真心を込め、身を尽くして、これから進むべき道を示すという姿がみえてきます。
いまからちょうど100年前、日露戦争という日本にとって未曾有の困難に対峙したとき、国の指導者層から一国民に至るまで、まさに粉骨砕身しつつ、国の採るべき道を指し示し、また実行してきました。
当時の状況を再認識することは、舵を失ってしまったかにみえる現代という時代を見つめ直すためには重要なことではないか、そんな気持ちがひとつの会にまで発展していきました。それが「澪標の会」です。
「澪標の会」では、司馬遼太郎の『坂の上の雲』の読解からはじめ、その時代背景となった事実のひとつひとつを、直接多くの一次資料に当たり、忠実にそれをトレースしながら勉強しています。